hanairo~ハナイロ

湘南 大船 セラピーサロンhanairoのブログです

祝 独立宣言

もう誰の看板の下でもない

私、として

私の人生を送っていいのだなぁ

 

すべての選択を自分の意思で行う自由を

自分に許していいんだなぁ

 

そんなことを考えながら

引っ越しについて話していたら

ある人に

 

「精神的な独立ですね」

 

と言われました

 

そっかー!なるほどー!

と稲妻に打たれた気分でした

 

私は、遅まきながら

独立をしようとしているんだ!

 

その時の私の脳内では

アメリカ国家が流れ

星条旗がスルスルと天に昇りましたw

 f:id:hanaeuchimura:20170619095054j:image

なんて、清々しいんだろう

 

自分で自分を縛っていたとはいえ

本来人はみんな

こんなにまでも自由なのですね

 

どう生きたいのか

すべて自分の意思で選んでいける

 

ある分野で世界一になった人が

小さい頃から母親に

 

「あなたはなんだってできるし

    なんにだってなれる」

 

と言われて育ってきた、

という話を読みましたが

 

それは、単なる勇気付けではなくて

そのお母さんが心の底から

そう思っているからこそ

かけられた言葉なのだな、

と思いました

 

そう、私たちはみな

なんだってできるし

なんにだってなれる

自分を縛れるのは自分だけ

 

 

親切

居場所がない、の続きです

(ちなみにこれ、「免許がない」のパクリのつもりなんですが、分かった人いるかな?)

 

子供が隣町の保育園に通いだしたことをキッカケに

初めての感じた地元的愛着

広がって行く人間関係

 

こりゃ、隣町に引っ越すしかないでしょ

 

当然の流れのようで

なかなか思いつきませんでした

 

理由は2つありました

 

ひとつには、父親の存在

なかなかの破天荒な彼 

 

戸籍的には、一歳の時に縁の切れた父ですが

私が6歳になる頃

新しい奥さんを連れて突然戻ってきました

住むところがなかったのか

しばらく実家に身を寄せて

二世帯みたいな感じで一緒に暮らしました

 

変な感じでした

実の父親が私以外の家族と

上の階に間借りしている 笑

 

父親だけど、お父さんと呼ぶことは許されない

新しい奥さんは、私を目の敵

嫉妬ですね

子供の私には理解できませんでしたが

 

しばらくすると子供も生まれて

(私から見ると異母兄弟ですね)

小学校に上がるタイミングで

引っ越していきました

 

でも、なぜかすぐ

近くに戻ってくるのです

なんだかんだで、大体は

徒歩五分くらいの場所に住んでいました

 

祖父母のことも気になったし

たぶん、私にも

負い目を感じていたのだと思います

 

そんな彼も

子供達が独立し、

奥さんも亡くなり

一人暮らしになりました

 

ある時期から時々

孫(うちの子供)の顔を見に来るように

なりました

 

初めての親子っぽい時間でした

 

でも、ある日を境に突然来なくなりました

 

正式な孫が生まれたのです

戸籍上の初孫

つまり私の異母弟の子供ですね

 

そのとき私は、寂しさと同時に

どこかでホッとしていました

 

私、無意識に

親孝行しなきゃ、

孫の顔でも見せて

孤独を癒してあげねば、

などと思っていたみたいなのです

 

自分でもビックリでした

どごまでお人好しなのだ、と 笑

 

 そこではじめて、

あ、もう、ここにいなくてもいいのだな、

と湧いてきたのです

 

そして、物件を探し始めました

 

でもなんだか気持ちがアガらない

 

なんだろう、、、

 

そんなふうにモヤモヤと過ごしていたら

包丁で親指をザックリ切ってしまいました

 

辛うじて薄皮一枚で

肉片はつながっているけど

人生はじめての深さの傷と出血量

 

夕飯時なので応急処置で様子を見ましたが

なんで、このタイミングでこんな怪我?

と引っかかりました

 

怪我はなかなか治らず

痛みは引かず

家事もできない

趣味のギターも弾けない

 

 親指に心臓が引っ越してきたかのように

ドクドクし

出かける気にもなれません

 

引きこもりがちな日々を過ごしながら

ちょうどよいので

内観しました

 

なんで、スッキリ引っ越せないの?と

 

そしたらね〜、出てきたんですよ

 

「だって、おじいちゃん、おばあちゃんが

    寂しがるもん」

 

って声が

 

辛い出来事の多かった祖父母の人生

私に希望を託されているのを

ひしひしと感じて育ちました

 

この人たちを幸せにしなきゃ

笑顔にしなきゃ

と頑張ってきました

 

結婚してからも

遠くにいってほしくない

と訴える祖父母のために

徒歩五分圏内の物件ばかりに住んできました

 

新婚当初は

私がいなくなって

祖父母が寂しく不安なのでは?

と夜中に泣きながら目を覚ますことも多々ありました

 

今思うと尋常じゃない必死さで

彼らを守ろうとしてたんですね

 

その残骸がまだ残ってたみたいです

亡くなったあとまでも

 

なんだ、そんなことで

引っ越しに踏み切れなかったのか

 

分かればスッキリ

 

よく頑張ったよ、私

おじいちゃん、おばあちゃんを

守りたかったよね、笑顔にしたかったよね

でも、もう十分やったよ

これからは自分のために生きていい

 

自分の住みたい場所

そばにいたい人達と

自分の世界を作っていっていいんだ

 

自分なりの地元

自分なりの生活

 

 

今までこの街に愛着を抱かなかったのは

祖父母のために住んでいる

(少しは父親のためにも)

祖父母の人生の延長を生きている

ような気がしていたからなんだなぁ

 

もうそこから自由になっていいんだなぁ

 

だから、"親指"ザックリ事件も起きたのかもなぁ

 

なんてことを思ったのでした

 

f:id:hanaeuchimura:20170617215714j:image

 

 

 

 

 

居場所がない

今日の記事はいつもに増して

ひとりごとなので

おヒマな方以外はスルーしてください^_^

 

 

 

引越しを考えています

 

生まれてから41年間、同じ街に住んできました

新婚で家を出た時も

残してきた祖父母のことが心配で

実家から徒歩五分のマンションに住みました

 

祖父母が高齢化し

介護が本格化

夫と再び実家に戻り

そこで二人の子供を生みました

 

三年前、祖父母が亡くなり

その家を引き継ぎました

 

大きくて立派な家

生まれ育った場所

緑豊かな庭もあります

駅から近く

なんでもあって便利な場所です

特に不満はありません

 

でも、私は

この街にいて常に

 

居場所がない

 

と感じていました

 f:id:hanaeuchimura:20170615115512j:image

幼稚園から通学はずーっと

地元ではなく

離れた私立だったため

地元友達ゼロ

(人見知りな性格も一因でしたが)

 

地元の友達と遊ぶ、とか

友達とすれ違うとか一切なくて

憧れでした

 

知り合いといえば

祖父の友人や患者さんだったひとたち

祖父はちょっとした地元の名士でしたから

その人たちから見た私は常に、

「〇〇さんのとこのお嬢(孫)さん」

 

常に祖父母の看板の下に生きている感じでした

 絵に描いたような箱入り娘ですね

 

そんなこんなで41年

 

子供を産んで初めて変化がありました

 

子供を通じて人間関係が一気に広がりました

 

隣の街で 笑

 

 

不思議なご縁で隣町の保育園に通うことになり

そこで沢山の大切な友達ができました

たくさんの好きな場所もできました

この町の人や空気は合うなぁ

そんな風に感じるようになりました

 

これが、地元、って感覚でしょうか

はじめての感覚でした

 

 ではなぜ、私は自分の住む街に

居場所を感じられなかったか?

地元感を感じられなかったか?

 

長いので次回に

 

カラダは語る

オレ、股関節'亜'脱臼だから ヨロシク!

 

と、キメたくなるほどに痛かった、

先週いっぱい、股関節が

(今はもう治りました)

 

娘の保育園の運動会での全力疾走が

アダになった模様です

 

ここまで酷いのは珍しいけど、

股関節がおかしいのはたまにあることでして

 

小さい頃、先天性股関節炎だったらしく

(記憶ないけど)

 

その古傷なのか、

ふとした拍子に、

なんかハマってない感というか

違和感とともに痛みが走ることがよくあります

 

今回、強い痛みとともに

なんだか昔へ引き戻されました

 

祖母がよく言ってた

 

「股関節脱臼のせいで歩き始めが遅くて

すごく心配したのよ」

 

「アンタの母親は病院にも連れていかない人で

かわいそうで見てられなかったわ」

 

などなど

 

私の知らない

私にまつわる話

 

祖母から聞かされたストーリーは、

「生みの親に粗末にされた私を引き取って

どれだけ大事に育てなおしたか」

というもの

今思えば、愛情です

  

以前の私は、

前半の粗末部分に反応して

かわいそうな私汁を吸いまくったり

 

後半の育てなおし部分を

恩着せがましく感じて

鬱陶しく思ってみたり

 

してたんすよね

(青いね)

 

さすがにそれももう飽きた

オレ、大人になった

と思ってたけど

 

体にはにはまだその感覚が残ってて

疼いたのが、

今回の亜脱臼事件だったんだなぁ

 

カラダって面白い

 

そうだねー

痛かったねー

悲しかったねー

と 解放しつつ

 

お医者さんに行って

湿布もらってきたのですが、問診で

「先天性股関節脱臼は右脚?左脚?」

と尋ねられ、

「・・・(憶えてない)」

 

また引き戻される

 

なんせ零歳児のころのこと

その頃の記憶がある人って

父以外もう生きてないし

 

その父も、脱臼ってどっちの足?

と気軽に聞ける距離感でもない

 

なんてことが、問診の一瞬で湧いてきて

 

普段は存在も忘れてる父親

死んでしまった祖父母たちと

繋がっているのが

このカラダなわけで

 

もっと言うなら

音信不通の母親とも

このカラダは繋がっているわけで

 

つまりは、

私が繋がりを確認したかったから

カラダを使って確認したんだな

と気付きました

 

でも同時に

 

「もう、いいな」

 

とも思いました

 

体に刻み込まれた記憶や傷を確認しなくても

私は私であることを

ダイレクトに感じられる気がするので

もう股関節は痛まなくてもいい

 

 大丈夫、

私は今、間違いなく私として

ここにいる

 

そう思いました

 

 

 

 

 

 

 

扉はいつも開いていた

毎朝、大体同じ時間に

電車で娘を保育園に送ります

いつも並ぶホームの場所に

ダウン症の青年がいます

10代後半くらいかな

 

彼もまた、

大体同じ時間に、同じ車両に乗ります

 

一年以上、

ちょくちょく顔を合わせていましたが、

今まで話すことはありませんでした

 

目が合って、ニコっとすることはあった

 

でも正直、

何を話していいかは分からなかった

 

彼はいつも、1人で何かを話している

電車好きらしく

駅のアナウンスを真似したり

駅員さんに「おはよう」って挨拶したり

あと、月に一回「おかあさんといっしょ」の

雑誌をうれしそうに読んでる日がある

 

三歳の娘は興味シンシンで

雑誌をのぞいたり

彼の独り言を聞いていたり

彼がいない日は

「おもしろいおにいさん、いないね」

って探したり

 

で、今朝、三人席に腰を掛けたら

彼が私の隣に、少しためらってから座ってきた

 

しばらく窓の外を見ながら

何か話していたけど

途中で歌い出し、ギターの弾き真似を始めた

 

そして、一息つくと

私の方を見て、ニヤリと笑ってきた

「ギター弾けるの?」

って聞いたら、

「きっと弾けるさ」

って笑ってまたエアギターを弾いてみせた

 

うれしくなった

娘も席の上で踊り出した

 

駅に着いた

「おりるね」って言うと

「うん、バイバイ」って手を振って

娘には

「はい、バイタッチ」ってタッチしてくれて

 

なんだかね、変な表現ですが、

私が小さい子供で

大人に遊んでもらって

送り出してもらった

そんな心地になった

 

電車を降りると娘が

「カカ、おもしろいおにいさんと

   おはなしできたね」

ってうれしそうに手を握ってきた

 

「おにいさん、すき?」

って聞くと

「うん!」と頷いて走り出した

 

そのとき、なぜか涙が止まらなくなりました

 

心を閉ざしていたのは私なんだ

彼も、娘も、この世界も

私の胸のドアが開くのを

ただじっと待ってくれていたんだ

 

開けてごらんよ

こわくないよ

 f:id:hanaeuchimura:20170413103650j:image

 

そう言われている気がしました

 

涙の効用

みなさん、泣いてますか?

のっけからけったいな質問ですが

私は最近泣いてませんでした

 

情緒不安定気味な人間なので

泣いてないのは安定傾向なのか?

と思ってましたが

そのわりには、

どうにもモヤモヤは溜まっていた

 

なんだかね、肚と頭が分離しているというか

うまく開通してない感じでした

 

そんなときは

日常業務はうまくこなせるんだけど

なんだかスッキリしないというか

表現したり創作したいという気持ちは

まったく湧いてこない

 

悶々でした

 

で、ためしにセルフセラピーカードを引いて見ると

f:id:hanaeuchimura:20170411144930j:image

罠のカードが「 無意味感」

ギフトのカードは「ビジョン」

 

セルフセラピーカードでは、

様々な引き方があるのですが、この場合

 

「ビジョン」というギフトがすでに与えられているのに

 

「無意味感」という罠が、受け取ることを阻止している

 

と読めます

 

そうなのです

まさに、私が感じていたモヤモヤは

無意味感でした

 

何事にも意味を見いだせなくて

サラサラと砂のように時が過ぎていく感覚

 

そして求めているのはビジョン

 

このカードの指すビジョンとは

自分の観念や思い込みを外した時に見えてくる

本来の自分の姿、在り方、進む道

 

自分のモヤモヤの輪郭が少し掴めて

スッキリしてきました

 

さらに解説を読んで見ると

この「無意味感」は

実は吉兆でもあるようでした

 

真実の理解、目覚めの前に

人は往々にして無意味感に捉われるようです

 

この世の全てには本来、何の意味もない

だからこそ、観念から自由になって

好きなこと、楽しいことをしろ!

と多くの人が説いていますが

 

意味から自由になる過程で

エゴが介入すると、

意味のあることを追い求めては、失望する

を、繰り返し虚無感に捉われるようです

 

じゃあ、エゴをとっぱらうにはどうしたらよいか?

 

それが私の場合は涙だったのです

 

前回ブログに書いた通り

ふとしたキッカケから久々に大泣きしたら

 

肚と頭を結んだ真ん中、

ちょうど胸のあたりにあった

蓋みたいなものが決壊して

涙と一緒にいろんなものが開通しました

 

自分の肚の声、魂の声

頭の声、理屈、理論、現実性

 

2つが交流し

混じり合い、折り合って

心と体が一致していくのが分かりました

 f:id:hanaeuchimura:20170411154155j:image

するとギターが弾きたくなった

歌が歌いたくなった

また本を読みたくなった

文章を書きたくなった

 

心身が息を吹き返した気がしました

 

でも、夜中だったので

ギターを弾くわけにも行かず

頭が興奮して文章もまとまらず、

とりあえず、

大好きな星野源さんの新刊を読みながら

これまた源さん出演回の「徹子の部屋」を見てみたら

 

「長生きの秘訣は?」

という源さんの質問に

黒柳徹子さん曰く

 

「好きなことやることでしょーね!」

 

 

好きなことって大したことじゃなくていい

仕事でなくてもいい

 

歌ったり、踊ったり、書いたり、作ったり

眠ったり、見つめたり、解読したり

 

そんな無意味な

くだらないことのなかに

 生きてることの醍醐味が

つまってるんじゃないかと思います

どのフィルターをかけて見る?

今日は体調不良で寝てます

昨夜ベッドで号泣したまま寝たら

夜中にひどい頭痛に見舞われ

起きれなくなったのです

 

なにゆえ号泣したかと言うと

息子がipod欲しい、

と言ったのがキッカケでした

 

そういえば、使わなくなったipodshuffle

(通話できないだけでほぼiPhone的なやつ)

があったなぁと探し出し電源を入れると

過去に撮った動画が保存されていました

 

まだ0歳の息子の可愛い姿

亡くなった祖父の元気な様子

 

どちらも私が、育児&介護で精神錯乱状態だった時代のものでした

 

正直、息子の可愛かった姿も

祖父の元気な様子も

ほとんど記憶にない

ただ無我夢中、一心不乱

楽しんだ、という感覚が全くなく

「これでいいんだろうか」

「なんてダメな母親、介護者なんだろう」

という自責の念しか思い出せないのです

 

でも、そこに映っていた2人は

どちらも幸せそうでした

 

そして、撮影している私の声もとても穏やかで

幸せそうでした

 

なんなんだ、これは?

私の記憶違いなのか?

 

一緒に見ていた息子の手前平静を装いましたが

実際は混乱しました

 

あのとき、私は幸せだったの?

祖父も、息子も、幸せだったの?

 

そう思った瞬間、今度は別の心の声がします

 

そんなわけない!

私のせいで彼らは不幸だった

私はダメな母親、介護者だった

 

だから、寝るとき息子に聞いて見たのです

 

「昔、お母さんはダメなお母さんだったよね?

もっと可愛がってあげたかったのに、

うまくできなくて悔しかった」

 

 

すると息子が、私の言葉に食い気味で

 

「そんなことない!

   そのまんまで、いいおかあさん!

   まえからずっと幸せだよ」

 

と言って、私の頭をぎゅーっと抱いたのです

 

その瞬間、後悔一色だった過去の風景が

色彩を取り戻し、

同じ光景なのに、

まったく違った色合いに塗り替えられました

 

あぁ、過去も現在も未来も

何度でも塗り替えられるんだな

画像加工アプリのフィルター機能みたいに

 

どのフィルターを使うかは自分次第だし

何度でも変更できる

 f:id:hanaeuchimura:20170411141856j:image

 f:id:hanaeuchimura:20170411141905j:image

一瞬で