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hanairo~ハナイロ

湘南 大船 セラピーサロンhanairoのブログです

おかあさんの正体

前回の続きです

おかあさん、って言葉に

具体的に結びつく人がいないのに

おかあさんを切実に求める

私の気持ちのカラクリとは?

 

鼻水だらだらのまましばし考えると

ふと「何か根元的なものとの一体感」なのでは?

という思いが浮かびました

 

ここからはもう私の仮説です

 

心理学に頼るまでもなく

人の心の発育に最も大切なのは

母親との愛着形成だ、というのが定説です

 

特に、生まれてから3歳までの

特別な母子一体感は

「自分はこの世に存在していい」

という、この世を生きていく

基盤となる感覚を養うために、

必要不可欠だとよく言われます

 

でも、そうすると、私のように

生まれてすぐに親と別れた人や

色々な事情で一緒に暮らせなかった人、

死別した人や、虐待された人たちは

その「人として必要不可欠な基盤」

が形成されないまま生きていくことになります

 

そこに私はいつも引っかかっていました

 

それって、なんかおかしくないか?

母親がいない時点で

一生埋まらないハンデを背負うの?

そんなに神様って、この世をアホに作ってるの?

 

しかも、上記のような境遇になく

一見お母さんとの関係も良好に育ってきた人たちが

自分の存在に自信を持てず

母との関係に違和感を覚えている

そんな人がたくさんいる

 

もちろん、そこから

お母さんに長年の感情をぶつけ

解消し、大きな安心を手にした人もたくさんいる

 

でも、それ、本当の本当の本当に

お母さんとやりたかったことなの?

 

お母さん、フェイクじゃね?

 

私たち人が、求めるもの

 

生まれた瞬間から

欲求として持たされているもの

 

それは、大きな大きな根元的なものとの

一体感

 

それを一番身近で具現化してるのが

この人間界では

たまたま「お母さん」との関係であって

そこが満たされると

源との一体感にほぼ等しい感覚が得られるから

「愛されている」「大丈夫」

と思えるようになるのではないか?

 

(もちろん、お母さんとの関係はめちゃ大事ですよ。

  今生の自分の命の源ですから)

 

でも、お母さんがいない人も

何も問題はない。

 

お母さんを、通して

みんなが一体感を得ているものは

実はもっと大きくて、等しくて

全てを包み込むものだから

 

誰かさんだけのものではないから

 

そして、何より大事なことは、

その一体感って

ない、から求めるんじゃなくて

とっくにあるのに忘れてるだけのものってこと。

以前アメブロでも書いた、「おかわり」理論です。

人間は満たされた経験がなければ、

「もっと」と要求することはできない。

体験していないものは、求めたくても求められない。

 

そんなことが

お友達がシェアしてくれたこの動画↓

reborn2daysanime on Vimeo

を見てたら、怒涛のように湧いてきたのです

 

そして、私や、私のように

母親との縁が薄かった人が

なぜそのような境遇を選んで生まれてきたのか?

 

それは、「お母さん」を通さず

より純度の高い一体感を

ダイレクトに得たかったからではないか?

 

もう完全に仮説だし

興味ない人には

何言ってんの?

だと思いますが

私の中ではね、

長年ズーッと目の前にぶら下がってるのに

攻略できなかったパズルが

やーっと解けた!

そんな爽快感なのです^ ^

 

私は愛されてる

みんな愛されてる

みんなから

世界から

何より自分自身から